環境とCG、宝飾と彩度のナンシー
環境デザインは、人間が作り出した環境と、使用者である人間との関係性に立脚した計画、計画行為と解釈され、人と人を取り巻く自然、人と人の関係が含まれる。その認知には環境によって影響を受けるアフォーダンス(affordance)の概念がある。したがって、高速道路建設や河川整備など社会資本整備そのものなどについては、環境デザインという名称は用いられない。官公庁等が文化財跡地や公園緑地等を整備する際の事業名称においては「環境整備」などの名称が、「環境復元」が、国立公園等の整備は「森林保全」「森林保護」など、農業土木分野では「農村環境整備」「農村風景整備」等の名称が用いられ、デザインという語は表出しない。
CGは主に3D CG(3次元コンピュータグラフィックス)と2D CG(2次元コンピュータグラフィックス)に大別される。しかしながら2D、3Dの区分は方法論としての区分(作成のプロセスによる区別)で、作品としてのCGは2D、3Dのどちらかで創られたと単純に大別はできず、3Dの手法で創られた画像を2Dの手法で加工したり、2Dで描いた絵の上に3Dで作った画像を合成するといったことは頻繁に行われている。CGはノイズのない鮮やかな色彩、修整や編集の容易さなどを提供する。3Dにおいてはコンピュータシミュレーションによるリアルな映像、滑らかなアニメーション、実際に撮影セットを作らなくてもよいことによる非現実的な映像が可能であることなどを特徴とする。1995年、映画「トイ・ストーリー」はフル3DCGで作成された初の劇場用長編と銘打って公開されたが、現在では映画に限らずテレビコマーシャル映像やイラストレーション、漫画などあらゆる画像・映像制作に使われる一般的な方法として定着した。実写による映像もコンピュータによって調整が行われることも珍しくない。このように多くの長所をもつが、安易に用いると制作者の持ち味が失われてしまう危険性も同時にはらんでいる。英語圏においてはCGと言えばコンピュータによってレンダリングされたグラフィックス、多くはいわゆる3DCGを指す。 2DのCGイラストは3Dと同様に(コンピュータ)ドローイングなどと呼ばれるため、日本ではCGイラスト(CGイラストレーション)などといった造語が慣用的に用いられ定着しているが、英語圏においてCGイラストを指して「CG」「コンピュータグラフィックス」などと言うと訝しがられることもあり注意が必要である。
自然を主要な着想源としたアール・ヌーヴォーは宝飾芸術にも新たな命を吹き込んだ。この革新は琺瑯細工やオパールやその他の半貴石のような新しい素材での職人芸によって成し遂げられた。日本美術への関心の広がりや各種の金属加工技術への高まる情熱が新しい芸術的なアプローチや装飾の主題に大きな役割を演じた。18・19世紀には、宝飾は貴石、特にダイヤモンドに集中していた。宝飾工の主要な関心は宝石を輝かせるために取り付ける枠を作ることにあった。アール・ヌーヴォーの到来により、芸術的なデザインの概念に動機付けられ、嵌め込まれる宝石にはもはや装身具の中核的な重要性を置かない新しいタイプの宝飾が日の目を見た。パリとブリュッセルの宝飾工たちがこの急変の主導者となり、彼らの吹き込んだ新しい息吹はアール・ヌーヴォー様式の高い評判となって現れた。宝飾芸術は根源的な変容を経験し、その中心となったのは宝飾工でありガラス職人であったルネ・ラリックであったというのが現代フランスの批評家たちの一致した見解である。ラリックはその作品において、日本美術の意匠に着想を得て蜻蛉や草といったあまり慣習的でなかった要素を取り入れることでレパートリーを増し自然をさらに輝かせた。宝飾工たちはこの新しい様式を伝統に組み入れ、ルネサンスの、特に七宝と彫刻を解こした装身具から着想を汲み他と一線を画そうと望んだ。七宝を施した作品の多くにおいて宝石は主役の座を譲り、ダイヤモンドも造形したガラス・象牙・角といったそれまであまり一般的でなかった素材と組み合わせての副次的な役割に格下げされた。宝飾工という職業の認識も変化し、その作品性のためもはや職人ではなく芸術家であると考えられるようになった。
彩度は色の鮮やかさを意味する。物体の分光反射率が平坦になる程、彩度は低くなる。また、色相によって彩度が高いときの明度が異なる。
ロココとアール・ヌーヴォーの類縁性が最も説得力を持つのはナンシーの方であった。それほど魅惑的ではないが、当時最も名を知られていた芸術家の1人であったルイ・マジョレル(1859-1926)が間違いなくナンシーのアール・ヌーヴォーの2番目の先導者であった。ガレは植物から象徴的な文学の銘に至るまでの幅広いモチーフの象嵌細工を得意とした。この巨匠の作品に典型的に見られるのが構造的な要素が幹や枝から末では花となって終わる変容である。ナンシー派とは対照的に、パリのアール・ヌーヴォーはより軽快で洗練された簡素なものであった。自然から着想されたモチーフはより大まかに様式化され、場合によっては半抽象化までされており、副次的なものとなっているように見える。